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2018.05.30コラム
中・長距離ランナーのための爆発的筋力トレーニング

【中・長距離ランナーの爆発的筋力トレーニング】

 

◆筋力トレーニング不要論?

 中・長距離走のパフォーマンスを規定する要因はさまざまですが、最大酸素摂取量、OBLAといった呼吸循環器系の指標で示される要因やランニングフォームにかんするスキル要因に比べて、これまで筋力にかんする要因は十分な検討の対象とはなっておらず、中・長距離ランナーのための筋力トレーニング法はほとんど研究されていませんでした。むしろ、中・長距離ランナーやコーチにおいては、筋力トレーニングは不要であり悪影響を及ぼすとする考えのほうが一般的でした。

 その理由は、中・長距離走ではスプリントのような全力発揮の局面はほとんどなく、クラウチングからのスタートダッシュもないので高加速のための大きな筋力を必要としない、筋力トレーニングは持久力の維持や向上に対して悪影響を及ぼす、筋肥大によって体重が増加してしまう恐れがあるといったものです。

 しかし最近、これらの考えが必ずしも妥当とはいえない客観的証拠が提出され、適切な筋力トレーニングによって中・長距離走の記録をより一層向上させることができるという実験結果が報告されるようになってきました。

 

◆筋力トレーニングとランニングエコノミー 

 筋力トレーニング経験のない23~36歳の女子ランナー6名が、10週間にわたって通常のランニングトレーニング以外に週3回、7種目の筋力トレーニングを10RM~5RM強度で3セット、約45分間のプログラムを行い、ランニングのみで筋力トレーニングを行わなかったランナー6名と比較されました(R.E.Johnstonら1995、1997)。

 どちらのグループにも最大酸素摂取量、体脂肪率、体重、腕や脚の周径囲には変化が認められませんでしたが、筋力トレーニングを行ったグループのランナーは当然のことながら上半身で24.4%、下半身で33.8%の筋力増加が認められました。

 さらに、等速ランニング中(214m/分と230m/分)の酸素摂取量を指標としてランニングのエネルギー消費効率を表す「ランニングエコノミー」は、筋力トレーニング群にのみ有意な向上(4%)が認められました。

 同様の結果は、高強度筋力トレーニングによって、最大酸素摂取量が増大しなくても疲労困憊までのランニングタイムが長くなるという研究にも示されています(Hicksonら1980、1988)。以前にも筋力・パワーと持久力の同時トレーニングについてこのコーナーでも解説したように(1998年2月号)、持久力トレーニングと筋力トレーニングを同時に行うことによって持久力が低下したり向上率が小さくなるという公式は必ずしも成り立たず、筋力トレーニングによってむしろランニングエコノミーが向上してパフォーマンスが向上する可能性が高いと言えます。

 

◆爆発的筋力とランニングエコノミー

 室内200mトラックでの10kmタイムトライアルの実験(Paavolainenら1999a)で、記録が平均36分の高速群のランナーは、平均39分の低速群のランナーに比べて、脚が地面に接地する直前(0.1秒前~)の筋の電気的活動が大きく、逆に接地期後半の蹴り出し局面の筋活動は小さいことがわかりました。また、高速群の接地時間は低速群に比べて有意に短く、選手全体の10kmのタイムと接地時間との間には有意な正の相関が認められました。このことから、速く走れる選手は接地直前に筋力をすばやく立ち上げることにより、接地の前半により多くの弾性エネルギーを蓄積しそれを蹴り出し時に効率よく再利用してエネルギーを節約するとともに接地時間を短縮しているのではないかと推察できます。

▼陸上トラックで選手を対象としてOptojump Nextを使用した中・長距離ランニング分析の様子



 1週間に約9時間のランニングトレーニングを行っているクロスカントリーランナーがそのうちの約3時間を9週間にわたって、プライオメトリクスやスクワットジャンプ(0~40%1RM)などの爆発的筋力トレーニングに置き換えました。その選手たちは、最大酸素摂取量とLTにはトレーニングの前後で変化がありませんでしたが、5kmのタイムトライアルで有意な記録の向上を示すとともに、ランニングエコノミー、20mスプリントタイム、立ち5段跳でも優位な向上を示し、ランニング中の接地時間は有意に短縮しました。そして5km走の記録の変化とランニングエコノミーとの間に有意な相関が認められました。一方、筋力トレーニングをほとんど行わなかったグループのランナーは最大酸素摂取量は増加したものの、5km走の記録は向上せず、その他のテストでも変化は認められませんでした(Paavolainenら1999b)。

 これらの結果は、中・長距離走タイムの短縮要因としてのランニングエコノミーが、ランニングの推進力を生み出す脚筋のパワーや筋力の立ち上がり速度の改善および弾性エネルギーの蓄積とその効率よい再利用といった爆発的筋力発揮にかかわる神経筋系の適応によってもたらされることを物語っています。

▼パワー測定機器GymAwareを用いて片足のプライオメトリクストレーニングを行っている様子



 以上のように、適切にデザインされたプログラムによる筋力トレーニングを用いれば、不必要な筋肥大や体重の増加を引き起こすことなく、また呼吸循環器系機能の発達を阻害することなく、ランニングエコノミーの改善によって中・長距離走のパフォーマンスを向上させていくことが可能です。走行距離の多いランナーは、障害予防という点からも筋力トレーニングの意義を再検討してみる価値があるでしょう。